大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)2106号 判決 1980年2月18日
原告 西田慶治
右訴訟代理人弁護士 高藤敏秋
木村達也
島川勝
山川元庸
早川光俊
被告 株式会社ロイヤル・ジャパン・リース
右代表者代表取締役 三浦清一
被告 三浦清一
被告 鎌田英雄
被告三名訴訟代理人弁護士 田中美智男
主文
1. 被告株式会社ロイヤル・ジャパン・リースは原告に対し、金五五万円、及びこの内金五〇万円に対する昭和五三年二月二五日から右支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
2. 被告三浦清一、及び被告鎌田英雄は各自原告に対し金四八万円、及びこの内金四三万円に対する昭和五三年二月二五日から右支払いまで年五パーセントの割合による金員を支払え。
3. 原告のその余の請求を棄却する。
4. 訴訟費用は三分し、その一を原告の負担、その余を被告らの連帯負担とする。
5. この判決第一、二項は仮に執行できる。
事実
<省略>
理由
一、事実の認定
次の1の事実は当事者間に争いがなく、2ないし14の事実は、成立に争いのない甲三ないし一五号証、被告三浦本人尋問の結果により西田悦子名義部分につき成立の認められる乙一号証、同本人尋問の結果により成立の認められる乙二号証、証人高藤敏秋の証言、並びに、原告、被告鎌田及び被告三浦の各本人尋問の結果により認めることができ、この認定を覆すに足る証拠はない。
1. 被告会社はサラ金等の金融を業とする会社であり、被告三浦はその代表取締役、被告鎌田はその従業員の部長である。
2. 原告の妻であった西田悦子(原告と同女とは、昭和三六年八月一五日婚姻昭和五三年三月五日離婚判決確定)は、昭和五二年四月一九日、被告会社梅田支店において、被告会社より、金三万円を、元金最終弁済期昭和五三年四月一八日、残元金につき、利息日歩二八銭、遅延損害金日歩三〇銭、利息は各期間経過分を昭和五二年四月より毎月二九日に支払い、利息弁済期経過後三日しても利息の支払いがない場合は元本についても期限の利益を失うとの約で借り受けて、原告を主債務者、西田悦子を連帯保証人とする借用証書(乙一号証)を作成して、被告会社に交付した。
(西田悦子が右借入をするにつき、原告より代理権を与えられていたとか、右借入金が原告の日常生活のために費消されたとか、被告会社が貸付の際に西田悦子に原告を代理する権限があると信ずる正当の理由があったとかの事実を認めるに足る証拠はない。)
3. 西田悦子は被告会社に対し、右2の借金について、昭和五二年五月一〇日に同日までの利息として一、九八〇円、同年五月二六日に同日までの利息として一、四三〇円、元金として五、〇〇〇円、同年六月二八日に同日までの利息として二、三八〇円、元金として二、〇〇〇円を支払った。
4. 西田悦子は右以上の弁済をしないまま、昭和五二年八月九日ころ、原告と同居していた肩書住所地より家出をした。
原告は、西田悦子が残した書類などによって、同女が原告の名義をも利用して被告会社などいわゆるサラ金業者より借金をしていたことを知り、同年八月二〇日ころ、弁護士高藤敏秋に、原告の代理人としてこれら業者との交渉、処理をすることを委任した。同弁護士は同年九月、被告会社に対し右2の借金の処理について原告より委任を受けたこと、原告には右2の借金についての支払義務がないことを、書面で通知した。
5. 被告らは、借用証書に借受人と記載されている原告から右2の貸金を取立てようと考えた。
6. 被告会社の従業員は、昭和五二年一〇月ころ、原告居宅(アパート)の玄関扉表側に、「公示、貸金四万三千円至急返済せよ西田様へ(株)ロイヤル・ジャパン、二四五・五四一五」とマジックインクで大書した横約二六センチメートル、縦約三七センチメートルの紙(甲五号証)を貼りつけた。被告会社の従業員はその後も同様の紙を原告玄関扉に貼りつけたことがあった。右四万三、〇〇〇円の額は、被告会社が法律上西田悦子に請求できる額の二倍以上の額であり、前記約定が利息制限法にかかわらず有効と仮定して算出した額をも大巾に超えている。
7. 被告三浦は、昭和五二年一二月二日午後一〇時ころ、片山崇二(被告会社の従業員)と共に前記2の貸金を原告から回収するために原告方を訪れ、原告方玄関において、原告に対し、大声で「嫁さんの借りた金を返せ」などと申向け、更に、原告の制止があったにも拘らず、土足のまま原告居宅内に入り、また、原告の指示により警察に電話をするため玄関から出ようとする原告次男の西田博志(一四年)の腕を掴んで引戻した。間もなく警察官がパトロールカーで原告方に到着したので、被告三浦らは警察官の説得により退去した。
8. 被告三浦及び同鎌田は、同年一二月三日午前一一時ころ、原告方を訪れ、共謀のうえ、原告に対し、「金を返して貰う相談に来た。弁護士みたいな者は関係がない、テレビでも貰って帰る」などと申向けて、原告居宅に上がりかけたところ、原告がこれを制止したので、原告を手で突いて押し倒した。同被告らは、原告の給料日に勤務先会社に取立てに行くと述べて帰った。
9. 弁護士高藤敏秋は、昭和五二年一二月五日被告会社に手紙を送り、原告は前記2の貸金について責任がないこと、右7、8の行為を指摘し、今後原告の自宅、会社において取立行為を行うときは民事刑事上の問題とすることを通知した。
10. 被告鎌田及び片山栄三は、昭和五二年一二月二四日午前一一時ごろ、原告方に債権取立てに行く途中、原告方前路上において長女西田千里(九年)を連れて通行中の原告に出合ったので、共謀のうえ、原告に対し、貸金の支払いを要求したうえ、前日原告が警察官を呼んだことに因縁をつけ、「パトカーみたいな呼びやがって、この前なんじゃい、パトカー来ても何もなかっただろうが」、「パトカーなんか呼んでなんだ、俺らは警察を背中に商売をやってるんや、お前らみたいなどないなんとできるんやぞ」と申向け、前記2の貸金の支払いをしなければ危害を加えかねない旨を暗示した。
11. 弁護士高藤敏秋は、昭和五二年一二月二四日、被告鎌田、及び同三浦に対し、原告は前記2の貸金について法律上の責任はないが、被告がそのことを確認するならば、原告は被告会社に対し迷惑料として一〇、〇〇〇円を支払う用意はあるとの申入れをしたが、被告鎌田、及び被告会社は、申入れ額は低すぎるから、原告本人より残元金に約定の利息損害金を加えたものを取立てるとして、この申入れを拒否した。
12. 被告三浦、及び同鎌田は、昭和五三年一月二五日午後五時すぎごろ、同日が原告の勤務するリボン食品株式会社の給料日であったので原告より前記2の貸金を取立てようと考え、大阪市淀川区三津屋南三丁目一五番二八号右会社門前において、共謀のうえ、他の多くの社員と共に右同社より出て来た原告に対し、大声で、「どないなっているんや、金返さんかい」と怒鳴って、前記2の貸金の支払いを要求し、多くの同僚社員の前で原告を困惑させた。
13. 被告三浦、及び同鎌田は、昭和五三年二月二四日午後五時ごろ、同日がリボン食品株式会社の給料日であったので同人より前記2の貸金を取立てようと考え、乗用車で右会社前路上に行き原告を待っていたところ、原告が就労を中断して右会社から出て来て同被告らに対し、「弁護士と話をしてくれ」と述べたので、被告鎌田は原告に対し、「弁護士みたいな者は関係ない。お前に話をつけるから服を着替えて来い、いつまで待っても話をつける、警察を肩に背負っている身やからこわいことはない」と申向けた。原告は就労を続け、同日午後五時四〇分ころ仕事を終り右会社の正門を出たところで、被告鎌田及び被告三浦は共謀のうえ、原告を自動車に乗せて連れ出して貸金を取立てようと考え、原告に対し、「女房の借金を払うのは当り前や、車に乗れ」と怒鳴って、原告の胸と腕を掴んで右自動車の方向に数メートル引きずり、更に柵に掴まって連行されまいとして抵抗する原告を柵から引離そうとしてその胸、腕などを引っぱる等の暴行を加え、そのため原告に治療約五日間を要する右手甲背部擦過傷を負わせた。間もなく右会社従業員の通報により警察官がパトロールカーで到着し、右被告らは逮捕された。右被告らは昭和五三年二月二七日右行為につき暴力行為等処罰に関する法律一条により各罰金二万円に処する略式命令を受け、この命令は異議なく確定した。
14. 原告は、前記7、8、10、12、13の各機会に、被告三浦、同鎌田らの要求に対し、一貫して、前記2の借金は西田悦子がしたもので原告は関係していないから、それを弁済することはできないこと、この件についての交渉は弁護士高藤敏秋に委任しているから同弁護士と話して欲しいことを告げていた。
二、被告らの行為の違法性と責任
原告が違法と主張する行為は、右一認定のうち7、8、10、12、13の点であるが、これらのうち、7の行為は住居侵入、8の行為は暴行、13の行為は傷害として刑事処罰の対象とさえなるのであって、これらが民事上違法な行為であることも明らかである。
右10の行為は、刑事処罰の対象となるかはともかくとして、未だ債務の存在が確定されていない時点で、「警察を背中に商売をやってるんや、お前らみたいなどないなんとできるんやぞ」と危害を加えかねないことを暗示する言葉を用いて支払いを要求する行為は、適法な交渉行為の範囲を超えたもので、民事法上違法というべきである。
右12の行為はそれ自体は犯罪行為を構成するものではない。しかし、我国社会においては、勤務先における同僚や使用者らとの交際、信用は、社会生活上重要な意味を持っているのであるから、これら多くの同僚の居る勤務先門前で、その者に対して、大声で「どないなっているんや、金返さんかい」と怒鳴り、弁済を要求することは、他の同僚に対し原告が紛争に巻き込まれているという通常人なら秘密にしておきたいことを明らかにするのみならず、原告が本来支払うべき債務を支払わない不信義な人間と誤認させかねない行為であって、前記認定のその前後の事情をも考慮すると、民事上違法と評価されるべき行為というべきである。なお、前記認定の事実によれば、被告三浦及び同鎌田において、原告か前記一2の貸金について責任があると信ずるに足る事情があったことは解されない。
被告らは、原告が借用証(乙一号証)の上で債務者となっている以上、これに対して返済を求めた行為は正当であると主張する。しかし、前記認定事実の下では、被告らが原告に債務があると考えて行動したとすれば、それには過失があるというべきである。
そのうえ、最も重要なことは、正当な債権者であってもその取立のためにどのような行為でも無制限に許される訳ではないということである。近代的な裁判制度が成立して以来、社会秩序を維持し、紛争を予防するため、自力救済は原則として禁止されて来たことは、改めて指摘するまでもないことであろう。
特に本件のように相手方が債務の存在を争い、その存在が未だ確定していないような場合に、自力救済を広く認めるとすると、自称債権者の行為に対し相手方も実力で対抗することになって社会秩序が乱れ、暴力によって相手方の平穏な生活や心身の安全がおびやかされ、又は暴力の強制によって真実には存在しない債務までも支払わされる不合理な結果が生じかねないであろう。
被告らはその行為を当然のことと主張するが、どのような態様の行為を前提として論じているのか明らかでない(当裁判所は第一ないし三回口頭弁論期日に被告代理人に対し被告らの行為態様を主張するように求めたが、被告代理人は本人がよく記憶していないとしてその主張をしなかった)。当裁判所が認定した行為態様は前記認定のとおりであって、単に「原告方に何度か行き、その返済を求めた行為」だけではなく、前記のとおり傷害、暴行、住居侵入行為などであって、これらが紛争のある債権の取立交渉行為として許されるものと解することはできない。
本件において被告三浦、同鎌田らは、法律上の責任もない原告に対し、原告が債務を負っていると確信すべき事情もないのに、前記一2の貸金の弁済を要求し、原告が責任ない旨を主張し、その解決を弁護士に委任していることを知ったのちでも、訴訟提起などの法律上の手続に訴えるのではなく、五回にも亘り連続して、暴行、傷害、住居侵入脅迫類似行為などによって、原告より債権の取立てをしようとしたもので、原告はこれによって、身体に危害を加えられ、生活の場に侵入され、多数の同僚の前で怒鳴られる等の被害を受けたものであるから、前記一7、8、10、12、13の行為の違法性は高いものといわなければならない。
被告三浦、同鎌田、及び片山栄二の行為は被告会社の業務に関しされたものであるから、被告会社は民法四四条一項、商法七八条二項、二六一条三項、民法七一五条に基づき、前記一7、8、10、12、13の行為により原告の受けた損害、被告三浦は民法七〇九条に基づき前記一7、8、12、13の行為により原告の受けた損害、被告鎌田は民法七〇九条に基づき前記一8、10、12、13の行為により原告の受けた損害を賠償する義務がある。
四、損害
原告が前記違法行為により受けた精神的損害に対する慰謝料として、被告会社には五〇万円、被告三浦、及び同鎌田には各四三万円の賠償をさせるのが相当である。右以上の額の慰謝料が相当と認めさせるに足る証拠は存しない。
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告らは前記行為について違法なところはなく、本件損害賠償義務は全くないと主張していたので、弁護士に委任して本件訴訟を追行せざるさえなかったことが認められるところ、その支出せねばならない弁護士費用について、被告らに各五万円を賠償させるのが相当である。
五、結論
原告の請求は、被告会社に対し五五万円、被告三浦及び同鎌田に対し四八万円、及びこのうち慰謝料につき昭和五三年二月二五日より年五パーセントの割合の遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるが、その余は理由がない。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 井関正裕)